
昨日行った「三岸節子展」で買って持ち帰った図録を見ています。
展覧会の最初の一枚がこの自画像でした。30.5㎝×22㎝の小品に
心を奪われました。その後を続けて見ると、人物像は珍しいとかります。
愁いと意思の強さが瞳に表れています。
三岸節子にとっての絵画制作は特別な活動ではなく、日常生活における家事や
庭仕事と代わることのない日々の仕事である。夜明け前に起きて海の見える
アトリエの窓から日の出を迎えて心を震わせ、朝から庭に出て、雑草を抜き、
土を耕し、花を植え、水を撒く。陽光を浴びて風に吹かれて、季節の移ろいを
感じる。午後になるとアトリエに入り、壁に並べられた製作途中の絵画を眺めながら、
インスピレーションに動かされて絵筆を走らせる
「感動がなければ芸術生活が営めない」と語っている。(図録より抜粋)
憧れの生活です。楽しくなくっちゃ染色家柚木沙弥郎さんも言ってたなぁ。

これは94歳で亡くなった時描きかけでアトリエに掛かっていたの絶筆「花」
とても力強い作品です。描くことの情熱の炎が消えることはなかったのだなぁ。
「すぐれた芸術が平和の所産であるならば、現代のような世界的な不安絶望に
足をすくわれて生きているわたくしどもの絵画はどんな表現こそ真実であろうか。
・・絶望や不安の絵画を描かないで、なんとかして安らかな希望のある精神を
見出したい。人間が幸福になれる絵画を描きたい」
と語っただけでなく、願って邁進した三岸節子さんが眩しいです。
言葉を話し、文学を紡ぎ、絵を描くことは、絵を観る喜びは、人間がもらった
神様のギフトですね。













